第八回公開講座 2009年12月5日(土)
「セックスは焦らず 大人のための“スローセックス”入門」


セックスは焦らず!――大人のための“スローセックス”入門
 
まずは、第七回公開講座に続き、第八回公開講座のご報告が大幅に遅れたことをお詫びしたい。“スローセックス”発祥の地であるポリネシアを巡る船旅に出かけたのだが、途中、“大秘宝(ONE PIECE)”の争奪戦に巻き込まれ、船が海賊に襲われて、艱難辛苦、波乱万丈の長旅になってしまった。漸く、船首を東京へと向けたのは年が明けてからのこと。長らくお待たせした。そんなどさくさ紛れの中、くすねてきた“秘宝”を披露させていただく。眩しいから、目を傷めないでいただきたい。くれぐれもご注意を!

昨2009年12月5日(土)、予定通り、「遊びの学校」の第八回公開講座「セックスは焦らず――大人のための“スローセックス”入門」、同講座後に、忘年懇談会「空中庭園麦酒会2」をお陰様で、盛会に終えさせていただいた。
当日は年末の慌しい中、かつ、荒天という悪条件にも関わらず、多くの方が詰め掛けていただいた。感謝である。
特筆すべきは、男女ともに、今回、新たに受講する方が多かったこと。“スローセックス”というものがいかに注目されているか――その証明だろう。

今回は敢えて、ゲストを呼ばず、本校の名誉校長であるミック様の体験に基づく、遊びの学校流のスローセックスを提案、また、同提案を、受講生と講師で議論するという形を取った。

第一部は、そのミック様の登壇。受講生には、課題図書として、以下の書籍を予め、読んでおいていただいた。
『サイレント・ラブ』(角川書店)と『愛について―人間に関する12章』 (角川文庫)である。ともに五木寛之が著した本である。日本で、ポリネシアンセックスが注目される端緒になった名著だ。

『サイレント・ラブ』は、丹精で美麗な写真と、散文詩のような優美なる文章で綴られる絵本のような作品。セックスの悩みを抱えた若いカップルが婚前旅行で出かけたヨーロッパで、たまたま出会った中年カップルに、甘美なるポリネシアンセックスの手ほどきを受けるという御伽噺めいたストーリーである。

同書には“ゆっくりと、そして静かに――”という言葉があり、それは、まさに、“スローセックスの勧め”であるといってもいいだろう。

『愛に関する十二章』は、ポリネシアンセックスを始め、現代の性愛を論考した評論集。
時間がない方には、特に同セックスを論考した11章と12章だけでも読んでいただいた。

同書の発表を契機に、“新しいセックスの形”として注目を浴び、話題を呼んだ。“ポリネシアンセックス”を発展する形で、日本では“スローセックス”という言葉も一般化、定着化した。“スローセックス”に関する書籍やDVDなども多数、出ている。ちょっとした“スローセックス・ブーム”であるといっていい。

そもそもポリネシアとは、某ウィキペディアによると「太平洋で、概ねミッドウェー諸島(ハワイ諸島内)、アオテアロア(ニュージーランド)、ラパ・ヌイ(イースター島)を結んだ三角形(ポリネシアン・トライアングル)の中にある諸島の総称」だそうだ。

アオテアロア(ニュージーランド)、サモア、トンガ、ツバル、キリバスの各国と、アメリカ合衆国、フランス、イギリス、チリ、アオテアロアなどの属領がある。

ハワイ、フェニックス諸島、サモア、ソシエテ諸島、タヒチ島、トンガ、ウォリス諸島、ツバル、トケラウ、クック諸島、ライン諸島、オーストラル諸島、トゥアモトゥ諸島、テ・ヘヌア・エナナ(マルケサス諸島)などの諸島が含まれる。

日本から見れば、遥か南の海洋に浮かぶ諸島であり、そこでのたゆとうようなセックスをポリネシアンセックスという。

様々な流儀や方法があるようだが、端的にいうと、挿入や射精に拘らず、性器を刺激しない愛撫を重ね、挿入しても激しい動きをすることなく、抱擁しあう。気の交換のようなものが絶え間ないエクスタシーを呼ぶといわれている。

ミック様は、まず、ポリネシアを南の島であることを想起し、同時に、東京を意識することを投げかける。青い海と白い砂、波音を聞きながら、時間をやり過ごす。流れるような時間に身を任せる。翻り、暗い空とくすんだ地面、コンクリートに囲まれた町並み。分刻む、秒刻みで、時間に追われ、忙しなく過ぎていく。

拠って立つ環境がまったく違うのだ。とても同じようなシチエーションでのセックスは成立しない。であれば、ポリネシアンセックスではなく、東京セックスを確立することが必要だと宣言する。

「東京の生活の中でのセックスは短絡的で、排泄的なものになっている。短時間、低コストみたいなものが乱立している時代。だからこそ、セックスを大事にしていく。激しく動いている時代だから、セックスだけでもゆっくりしたいです」

セックスが刹那的に消費されていく中、拙速で、粗雑なものではなく、できるだけ丁寧で丹念なセックスを心がけてもらいたいという。

「胸にしても、性器でも、いきなり高速で、激しくしたら、痛くなるだけ。むしろ、逆毛を立たせる感覚で、ほんわかとした、包まれるような心地よさを与えなければいけません。それを全身でやることが必要。相手の心や身体から発せれる声に、聞き耳を立て、何を望んでいるか、それを察知して、提供していく。引き出してあげるのが男の役目です」

ミック様は「セックスをする時、100点満点ではなくても、少しでも良くなるように、心掛けたいです。そのためにはお互いに協力しあうことも必要です。ただ、時や相手によって、状況も対応も違ってきます。どう考え、どのようにすべきか。ひとつひとつ、検証していくくせをつけましょう。前向き志向というか、思えば、結果は思うようになると。怖がることはありません」と、続ける。


「女性と相対する時、どうしても感情的になりがちだけど、冷静になることも必要です。それもスローセックスに繋がります。ただ、スローもいいけど、先に述べたように、それも適材適所ではないけど、臨機応変に対応すること。マニュアル頼りで、決められたことをしてはいけません。AVなどに踊らされることはありません。例えば、クンニリングスの時、すごい音を立てるのは監督の指示で、女性が喜んでいるわけではありません。また、入口が気持ちいい人もいれば、奥が気持ちいい人もいる。さらに、繋がっているだけではなく、すぐに逝きたいという人もいる。その人なりのセックスの形があります。スイートスポットというか、それを見つけてあげることです。そういう人こそ、セックスがうまいと認められます」

ようするに、本やAV、DVDなど、マニュアルを金科玉条のように、従うのではなく、臨機応変、千変万化していくことが大切である。しいていえば、スローセックスの定義のようにされている「前戯は長く、挿入や射精に拘らない」に“拘らない”ことも必要だろう。

ミック様からは触り方の具体的なアドバイスも出る。いつも最初はソフトから入り、様子を見ながら強弱をつけていく、という。たまには、自分の身体を使って、実践してみる、練習してみることを薦める。自分がしてもらって気持ちいいのは何か、それを考えてみると、答えがある。きっと、それは相手にとっても気持ちいいことである。疲れている女性に、ふくらはぎや頭など、マッサージをするのは、癒しに繋がるそうだ。ミック様は「バスルームで、頭を洗ってあげるというのが殺し文句。洗髪してあげたりするのも効果的です」と、得意気に話す。

というミック様の自慢話(笑)が出たところで、第一部は終了。10分の休憩後、二部はミック様と受講生とのスローセックス談義である。

スローセックスで、よくいわれるのが“気の交換”である。当日は、受講生の中に、マッサージを生業とする男性がきていた。その方はタントラなど、性エネルギーも研究しているそうだ。

その方からは、まずは、緊張を解くこと。頭を解し、身体の神経細胞を弛緩させていくことが大事だと、提案される。先の第六回の公開講座で、エクスタシーに関して、講義をしたが、緊張と緩和がそのキイでもあった。交感神経と副交感神経の切り替えなど、逝くための構成要素でもあった。それには、激しいものではなく、優しいもの。寝てしまうくらいのリラックスできる状態を作り出すことも必要だろう。強張りという壁を壊す。マッサージという点であれば、挿入においても中をマッサージしていく感覚もありかもしれない。

受講生の中には、実際に性交をしてないのにも関わらず、手足が触れただけで、電流が走ったような快感を得たという男性もいた。おそらく、それは皮膚の先までエネルギーを行渡らせたからだろう。

また、スローセックスでは、挿入したまま、動かず、長時間、その状態を維持するとある。受講生からは、どうすれば持続できるかという問題提起がされる。

ミック様は「情熱的なキスがあれば持続できます」と、言い切る。さらに「キスができない人とはセックスができない。良いキスをする度に、良いセックスができる」ともいう。

ミック節(!?)が炸裂したところで、第二部が終了。10分の休憩後、第三部が始まる。受講生との質疑応答である。

グループセックスとスローセックスは共存可能か――という質問がされる。現在でこそ、単独男性、単独女性として遊ぶ人が多くなっているが、元々は夫婦やカップルが主役の遊びだったこととも関係するという。
「硬直化した日常を脱するために、自らのパートナーを誰かに預ける。それゆえ、他人の奥様や恋人をどう扱っていいかわかります。単独だと雑になることがある。日常ではなく、非日常を共有する。それに至るプロセス、何を背負っているかに思いを馳せ、相対さなければなりません。それゆえ、雑なことなどはできず、大事に、慈しむようにしなければならないのです」

そんな人間関係の構築がスローセックスの関係性にも通じるものがある。ミック様は「セックスを欲望の捌け口にしてはならない」と、語気を強め、語る。セックスは自慰ではない。相手不在、独断専行のいわゆるジャンクなセックスなどとは、スローセックスは相容れず、まさに対極にあるものだ。

精神論を置き去りにした技術論のみが横行するマニュアル本や、妄想を必要以上に肥大化させるAVなどの氾濫がセックスに多くの誤謬を生み、歪ませている。そんな風潮を是正するためにも、新たなセックスの形が確立されなければならない。

ミック様は「東京はポリネシアとは違います。ならば、東京独自のスタイルがあるべきです」という。勿論、東京を大阪、名古屋、札幌、福岡など、他の都市に言い換えても構わない。

「遊びの学校」の所在地が東京であるから、東京を発信であることの意味を込め、そのように命名しただけだ。「Tokyo Sex――New Style Of Sex」を、2009年の締めくくりに、新たなデイケイドへの新しい指標として、提案させていただいた。

おそらく、それらは時間の経過とともに、修正や改正も必要になるだろう。しかし、セックスと関わる限り、そこには忘れてはならない本質のようなものが含有されているはずだ。3年目を迎える「遊びの学校」の“秘宝”である。ともに磨きをかけ、価値を高めていきたい。

会場は、宝探しの航海を終え、寄るべき港に、辿り着いたという高揚感と安堵感が包む。「遊びの学校」らしい、2009年の大団円である。


と、ここで、締めくくるところだが、今回は一昨年末(2008年12月6日)の公開講座同様、忘年会を兼ねた懇談会「空中庭園麦酒会2――忘年懇談会」を用意していた。一昨年は急遽、当日に開催が決定したため、会場も慌てて検索し、ビストロを探した。受講生の誕生日を祝う、ハプニングもあったのだ。今回は、予め、会場を用意しておいた。公開講座の会場の側にある美食と美酒で知られる割烹(ハプニング割烹ではない!)へ繰り出す。

懇談会から参加する受講生もいて、思いもかけない大人数になってしまう。ミック様の乾杯の音頭で、懇談会が始まる。公開講座は講師が一方的に話すだけだが、懇談会であれば、講師と受講生が双方向での会話ができる。また、受講生同士の交流も促進される。さらに、幹事会にとっては、受講生の人となりを知る機会でもあるのだ。

自らのグループセックス体験を披瀝し、これまで入手した情報を共有する。また、公開講座という場で聞きにくくかったことを、直接、ミック様に相談し、ちょっとした個人面談、進路指導(!?)のようでもある。

実は、この面談、指導こそ、来るべき交流会や見学会に参加いただくための通過儀礼でもある。やはり、その場に相応しい方しか、呼ぶことができない。

時間はあっという間に過ぎていく。11時前には、その懇談会は幕を閉じさせていただいた。その割烹に入った時は、まだ、雨が降り続けていたが、出る時には雨は止んでいた。“雨上がる”だ。

昨年から今年にかけ、GSの世界では、危機的な状況(この辺の危機管理は、既に先月2月13日の第九回公開講座で講演させていただいた。報告は暫く、お待ちいただきたい)に晒されることもあった。やはり、この世界も雨上がると、いきたいもの。

3月13日(土)の女性向け懇談会「フェミスタ」、男女参加可能の懇談会「空中庭園麦酒会3――新年懇談会」には是非、来ていただき、面談、指導を受けていただきたい。皆様との懇談を楽しみにしている。