第五回公開講座 2009年2月21日(土)
「GS vs SM  間違いだらけのSM選び」
ゲスト|祐士 (「Bar Bug」店長)


2009年2月21日(土)に「遊びの学校」の第五回公開講座を盛会で終えさせていただいた。これはその開催報告書です。長文ですが、ぜひ最後までご覧ください。
 
第五回公開講座のテーマは「GS vs. SM  間違いだらけのSM選び」。主にグループセックスの世界の未経験者、初心者に向けて、入門的な講座を開講してきたが、本講座では、グループセックスのみならず、SMの世界の未経験者、初心者へも向けて開講した。今回は、40名ほどの方に来ていただいたが、新たに受講する方も多く、男女比もほぼ同数。2年目の「遊びの学校」が新たな段階に来たことを感じさせる。

本来、グループセックスとSMとは別のもので交わることは、あまりなかった。ところが、ハプニングバーなどの隆盛とともに、このところグループセックスとSMが対面する機会が増えきている。また、グループセックスとともに、SMにも興味を持つ方も急増している。ハプニングバーやパーティなどで、SM的なプレイを志向する方も少なくない。しかし、両者が相対することで、いろんな間違いや勘違いも起き、問題も出てきているのも事実。そんな“現状”を踏まえての講演である。
 
ゲスト講師は自ら曰く“変態バー”「BUG」( http://bug.32ch.jp/ )のマスターであり、緊縛師「春兜京(ハルトキョウ)」( http://harutokyou.32ch.jp/ )として活躍している祐士様。GS(グループセックス)とSMに精通する今回のテーマにもっとも相応しい講師だ。
 
まず、第一部では祐士様に、「私って、どMなんです」という言葉がテレビや雑誌、ネットなどから普通に流れるようになったにも関わらず、未だに誤解や曲解をされているSMの基礎や基本を解説していただく。同時に、変態バーという“現場”で、見聞きしたSMの現状を紹介。
 
祐士様は、事前のメッセージで、「貴方の性的願望は何ですか?」と、自分の性的な願望や好奇心は何かを自問自答することを投げかけている。
 
彼は、自らの性への目覚めを語り出す。大阪の西成に生まれた彼は、幼少期、気になっていた2歳上の近所のみおちゃんの後をつけ、モータープール(!)へ連れ込み、女のあそこにビー玉を詰めたというのが最初の性的な体験だったと告白する。詰めた時に、ウォーンとなったという。同時に、それを近所のおばちゃんに見咎められ、怒られたことも脳裏に残っているという。怒鳴られた時に、同じくウォーンとなった。いわば、連れ出し、ビー球をあそこに入れる(拉致・監禁・異物混入)というS的な快感と、怒られる(叱責・羞恥)というM的な快感を同時に体感したわけだ。さらに、叱られて、逃げるために、みおちゃんの手首を取った時の、あまりに軽い感覚がずっと、残ったという。そこでもウォーンとなったそうだ。なんと、30数年が経ち、上京後、山手線の中で、思わず、見ず知らずの女性の手首をつかみ、電車から連れ出してしまうという痴漢同様の行為をしてしまったそうだ。
 
それから数年後、祐士様は緊縛師となり、願望や好奇心を実現する場として、“変態バー”BUGを作った。その妄想の砦は、日本一、会員になるのが難しいといわれるように、入会にはいくつものハードルがある。敷居が高い店なのだ。
 
店への案内も、本来であれば、電話で駅からA地点まで誘導させ、そこから店へ招き入れるが、電話の応対で不備や不遜な態度があると、何度も電話をさせ、最終的にはZ地点まで誘導させたこともあるそうだ。また、かつてはHPにパスワードが記載されていて、入店にはそのパスワードが必要だった。入店の際に「私は変態メス豚です」みたいな言葉をいわせたという。ちゃんと言えなければ入れなかった。入店しても、「俺はSで、女性を逝かせるの好き」などと、生意気(!?)なことを言おうものなら、すかさず、女性陣の攻撃が待っている。「素敵です。逝かせてください」と、一瞬に裸にされ、逆に責められてしまうという。最後には、「もうMでもいいです」といい出す始末だそうだ。
 
長々と、祐士様の性遍歴やBUGの特色を綴ったが、実は、そこに彼の性的願望を明らかにしながらも、SM観のようなものが投影されている。性的な好奇心を見つめ直し、コミュニケーションを取ること、SMそのものも思い込みではいけない、ということだ。確かに、コミュニケーションの取れないSMなどは存在しない。
 
相手がどういうことをしたいのか、それをイメージできるかが必要だという。自分が興奮するものより、相手が興奮するものを見つけ出し、具現化させなければならない。もし、自分の性癖がわからないのであれば、Sではなく、Mとしてやってみたらどうだ、とも提言する。
 
SMそのものは、本来は主従関係を結んだ場合、相手への責任と絶対の服従が伴うものであり、洗脳問題を含め、SMを真剣にすると、人生を台無しにしかねないともいう。ある種、安易なSMへの警鐘を打ち鳴らす。
 
その責任が取れず、それに見合う資質がなければ、祐士様自らが“猿のSM”と表現している、“SMごっこ”をすることを提唱している。
 
勿論、“ごっこ”にしても、女性でSMを求める方は敏感であり、感性が豊かである。妄想が大き過ぎ、現実が追いつかないこともあるという。男性がそんな心の開放をするのは並大抵のことではない。生半可な知識や経験ではできないものだ。
 
祐士様はハプニングバーやパーティなどでのGSとSMの融合にも懐疑的である。ただ、先のごっことも通低するが、羞恥や露出、緊縛など、SMの要素を細分化し、GSの中で実現できることを繋いでいけば、成立することもあるという。
 
ある程度、願望や官能のポイントを全員がわかっていれば、機能していくだろう。ハプバーやパーティをステージと例え、客観的に見たり、主体的に動くことで、その“劇場空間”は成り立っていくのだ。
 
しかし、コミュニケーションが取れないものは、その劇場の出演者や観客の資格さえないだろう。当然の如く、SMにおけるコミュニケーションの重要さを感じないわけにはいかない。
 
彼の講演は、ときおり冗談を交えながら、笑いのつぼを刺激しつつ、SMの本質や核心を言い当てていく。まさに内容豊富で、50分ほどの講演でもここには書き留めきれないくらいだ。いつか、機会があれば、講演内容を丸写ししたいもの。
 
ちなみに、祐士様だが、いわゆる緊縛師にありがちな強面の雰囲気はどこにもない。作務衣(店などでは着るが、今回、敢えて、普通の格好にしていただいた)なども着ていないし、サングラスなども掛けていない。おしゃれなスカーフを首に巻き、ジャケットを小粋に纏った雰囲気はリリーフランキーをさらにマイルドにダンディにしたような感じだ。それでいて、関西人らしいお笑いのセンスは忘れない。この講演には、縄や鞭は一切、出てこない。安易な緊縛教室などにはしたくなかったからだ。縄も鞭もないSM教室が「遊びの学校」らしいだろう。